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1968年(昭和43年)になってようやくチッソは水銀の排出をやめ、熊本県は1977年から水銀を含んだヘドロを埋め立てて封鎖する工事を行いました。1997年熊本県は、水俣湾の安全宣言を行いました。そして今、水俣湾は水の透明度や汚れの度合いが熊本県下でも綺麗な海のひとつに数えられるようになりました。但し、埋め立てられた海は二度と元に戻すことができません。被害者は、健康被害に加え、言われなき差別や偏見に苦しんできました。そして、根本的な治療法はまだ見出されておらず、被害者は今も苦しみに耐えて生きています。
一度犯した環境破壊という過ちが如何に、大きな代償を伴うかを皆が教訓として学ぶこと。そして二度と同じ過ちを犯さないよう全人類が環境保全に努力していくことが、水俣の被害から学び、未来のために我々がやらねばならないことではないでしょうか?
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