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水俣病第一次訴訟原告の患者・田上義春さん(故人)が、1978(昭和53)年に農園を開いた。そこに、一人芝居「海よ母よ子どもらよ」の全国勧進公演を行った砂田明(故人)・エミ子さん夫妻が、1981(昭和56)年に塚を建立した。水俣病の犠牲になった生類いっさいの霊を祀り、水俣病を忘れまいとする祈りの場。「乙女塚」の名は、1977(昭和52)年、21歳で亡くなった胎児性患者・上村智子さんを追悼する意味がこめられている。
(注:水俣学ブックレット No.3「ガイドブック 水俣を歩き、ミナマタに学ぶ」より一部抜粋) 海の母子像 |