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水俣湾内の水銀汚染魚の拡散を防ぐためとして、1974(昭和49)年1月熊本県が設置した。総延長2,350m。1977年10月には公害防止事業着工を機に、恋路島を取り囲む形で範囲を沖合に拡大した。ところが、網目は4.5cm×4.5cmで小魚がすり抜けられる大きさである。船の出入りのために網が設置できない個所(幅220m)には、音響装置を設置し魚の出入りを防ごうとしたが、その装置の上にのっている魚が撮影されている。設置当時、汚染魚を完全に封じ込めるような説明をした国や県が、網の効果は6割~7割と認めている。1991(平成3)年11月に県・市・漁協は、湾内での釣り自粛を呼びかける看板を立てたが、週末になれば湾岸壁に竿がずらりと並ぶ風景が見られた。1995年6月、集中捕獲により汚染魚はいなくなったとして、七ツ瀬海域にある2,298mの仕切り網が撤去された。さらに、カサゴなどの指定魚7種の水銀値が国の基準を下回ったとして、1997年7月、県は水俣湾魚介類の「安全宣言」を出し、湾央部の2,106mの撤去作業が始められ、10月に完了した。
(注:水俣学ブックレット No.3「ガイドブック 水俣を歩き、ミナマタに学ぶ」より一部抜粋) |